Shinya

大坊さんの言葉

3年前くらいになるだろうか。「大坊珈琲店」という喫茶店を営んでいた大坊勝二さんの珈琲を飲む会に行った。目の前で大坊さんが直々に珈琲を淹れてくれて飲みながら語らい合うという会だった。

「大坊珈琲店」の名は閉店後に知った。その頃、コーヒー屋を巡ることに夢中になっていて、休みの日になると友達と行ったことのないコーヒー屋に行った。おそらく閉店を伝える報でその名前は僕の目に入り、ある日そのコーヒー会でお店に行こうと向かうと、一週間前に閉店されていたというタイミングだったと思う。

それから大坊さんの珈琲は幻となってしまったのだが時を経ること数年、大坊さんの珈琲をいただく機会に恵まれた。凛とした立ち姿と、綺麗な白髪が印象に残った。「水の流れるように淹れるのが私は好きです」というようなことを仰ったと思う。口から出る言葉の端々からは謙虚さが漏れ出ており、とても感銘を受けた。帰り際に大坊さんと一言でも話したかったがたくさんの人が入れ替わり立ち替わり話しかけていて、僕は100gの珈琲豆をいただいてその場を立ち去った。

その場所は一階が器のお店になっておりこの日の記念に何か買って帰ろうと思い立ち寄ると、店員さんに「大坊さんの会に参加ですか」と話しかけられた。「話したかったんですけど帰ってきちゃいました」と答えると、「まだ大丈夫ですよ」というような言葉を掛けられたと思う。「行こう!」天の声が聞こえた。参加者の方はみなさん帰っているだろうというくらい時間が経っていたけど戻ってみることにした。

会も終わってきっと一息ついていらっしゃる頃だろうということも考えて手に汗を握りながら、再度そのドアを開けると、スタッフの皆さんと大坊さんがこちらを向いた。

「さっき参加した者ですけど」「話せなかったので話したくて」大坊さんが話にきてくれた。「将来、珈琲屋をやりたいと思っているんです」

記憶は遠く、つぶさに思い出せない。でもそのとき大坊さんが優しく小声で話してくれたことはずっと心に残っている。珈琲屋をやるときにも、日々を過ごすときにも、いつでも心にしまっておける言葉だった。言葉がずしんと音を立てた、そのことは覚えている。暑い日だった。そのとき大坊さんにいただいた言葉は今でも僕の真ん中で響いている。