プルースト効果
叔母の部屋から見えた、通り沿いの古い灰色の家が芝居の背景のようにあらわれて、庭に面した、両親のために建てられたちいさな別棟とぴったり合わさった。それらとともに今度は街が立ちあらわれた。朝の町、夜の町、雨の日の町、晴れた日の町、あらゆる天気、あらゆる時間ごとの町。お昼の前に買いものを命じられて歩いた広場が、買いものをしにいった通りが、天気のいい日はかならず歩いた道があらわれた。縮れた紙を水に浸すと、それがどんどん伸び広がって、花や家のかたちになっていく、そんなふうに、今や家の庭のすべての花々ばかりか、スワン氏の庭園の花々も、ヴィヴォンヌ川の睡蓮も、善良な村人たちの住まいも、教会も、コンブレーの全体も周辺も、すべて、生き生きとかたちをなし、あざやかに色づき、ゆるぎなく立ち上がった。この町も庭も、ぼくの口にした紅茶とマドレーヌから飛び出してきたのである。
失われた時を求めて(マルセル・プルースト/角田光代・芳川泰久 編訳/新潮モダン・クラシックス)